中村天風 名言集(6)「人生と運命」

@rokuです。

感銘を受けた著書シリーズ、中村天風 の「運命を拓く」第6弾です。

あのメジャーリーガー、大谷翔平が渡米前に熟読し、愛読書としている中村天風の「運命を拓く」は、古い書でありながら、多くの支持者がおり、人生を幸せにするための法則、幸運を引き寄せる考え方が凝縮された本です。

  • 第1弾 /「天風哲学」「生きる力に対する法則」「朝旦偈辞(ちょうたんげじ」
  • 第2弾 / 「コロナに負けない心」「生命の力」「力の誦句(しょうく)」
  • 第3弾 / 「人生を支配する法則」「思考作用の誦句(しょうく)」
  • 第4弾 / 「言葉と人生」「言葉の誦句(しょうく)」
  • 第5弾 / 「こころ」「大偈(たいげ)の辞」

今回は、「人生と運命」です。

INDEX;

1.天命と宿命
2.心から外す
3.感謝と喜び
4.ニコニコ笑っていこう
5.運命の誦句(しょうく)

1.天命と宿命

天命と宿命の違いって考えたことありますか?

@rokuは、この違いを真剣に考えたことはありませんでした。

しいていうならば、天命というのは、神からのお告げというか、天からの命令ということで逆らえないイメージであり、宿命というのは、自分が望む・望まざる関わらず、何らかの因果でおこるもの、という感覚でした。

天風哲学によるとこのように説明されています。



運命というものに対する正しい悟りを開こう。
運命には2種類あることを知らないのだ。すなわち天命と宿命というものがある。


天命は絶対で、宿命は相対的なものである。もっと判りやすくいうなら、天命とうものはどうすることもできない。
しかし、宿命というものは、人間の力で打ち開いて行くことが出来るものである。

そしてこのように説教されているのです。

今の人達は自分がある程度努力して、この努力が実らないと。それを運命だと思ってしまう。例えば病のときでも、一生懸命手を尽くしても治りが遅いと、”運命”だと思ってしまう。あるいは、事業を盛り返そうと一生懸命努力しても、自分の思い通りにならないと、これもまた、”運命”だと思ってしまう。

今の人は、打ち開くことの出来る宿命にぶつかったときでも、それを天命をいう。自分の努力が足らないことは棚に上げ、どうにも仕様がない、というのである。

自分でも思い当たる節があります。悲観的なことが起きたりすると、ついついこれは運命なんだな、仕方がない。。どうしようもない。。という諦めに近い感情になります。

つまり、そこで、終止符を打って、何も手を打たず目を背けてしまうのです。自分だけで解決・改善できることなら、もう少し頑張ろう、と思うことがあっても、社会や他人も関わっていることであればなおさら、”運命”という言葉で片づけてしまうのです。


しかし、宿命というのは、人間の力で打ち開いて行くことが出来るものである。

このように、宿命は、天命と違い、打ち開くことが出来るもの、ということは新たな発見でした。

運命には、天命と宿命があり、宿命は、変えられることを意味しているのです。

2. 心から外す

「悲観的なことが起きたりすると、ついついこれは運命なんだな、仕方がない。。どうしようもない。。という諦めに近い感情になります。」ということを書きましたが、ひょいと、こころの持ち方を考えなおすと、自分はつまり「消極的」であることが明らかなのです。


人生を活きるのに、安心と勇気と調和などという気持ちを持っていない。
万事びくびくと活きている
口では偉そうなことをいっているが、やたらと迷信に陥りやすく、ただ偶然ということのみを当てにして人生を活きている人が多い。


毎日の人生を神経過敏になり、なんとなく不安な気持ちになり、何事に対しても、安心というものを持って、人生を活きている人が少ないという証拠に、文化の世の中に、いまだに易がどうだ、占いがどうだ、拝み屋がどうだ、八卦がどうだ、干支がどうだ・・・と、馬鹿馬鹿しく下らないことをいっている者が、なんと多いことか。

ここまで言われると、その通り!ですと思わず言ってしまいます。あまりにも見透かされていて、少しへこみますが。。

実際、「易」「占い」「干支」「恵方」「姓名判断」などを聞いて、信じていることがよくあります(笑)。

ですが、天命哲学は、外からの情報に頼るな!必要なものだけを取り入れればよいものを、不必要なものを取り入れるているから、心が消極的になると説いています。


何とまあ、貴重な自分の人生を、他人にかきまわされ、自分自身の自由を拘束されて活きているのだ。
自分の心を、積極的にして活きるという方に自分の心を決定しなさい。そうすればもう天命なんて極めて僅かしかない。

このように、自分の心を決定しないと、結局は、自分の感じるほうに飛びついてしまい、怒ったり、悲しんだり、悶えたり、迷ったり、苦しんだりすることになるのです。

それが、消極的な気持ちということであり、自らを宇宙霊の力から遠ざけて、良くない宿命を引き寄せる種を蒔いている。。典型的な悪い引き寄せのパターンですね。

ですから、このような心になっている時は、積極的な心になるために、是非このようにしましょう。


腹の立つことがあろうと、悲しいことがあろうと、瞬間に心から外してしまえばいいんだ。
心を積極的にすることを心がけて、自分の心を汚さないようにするには、気がついたらすぐそれを拭いてしまえばいいではないか。

瞬間に忘れる、すぐに拭く、ということは簡単なようで難しいことかもしれません。しかし、意識して、外すことを心がける。これ自体も積極的な行いですよね。積極的に外す!積極的に拭く!ことが大事ですね。

3.感謝と喜び

宿命というものは、自分で打ち開いて行くものだということが分かりました。

この宿命をすばらしいものにするためには、消極的・悲観的な感情を心から外し、常に積極的に安心と勇気と調和を持つことが必要です。

そしてもう一つ大事なことがあります。


心の中に感謝と歓喜の感情を持たせるよう心がけることである。
習慣として、何でもいいから、感謝と喜びで人生を考えるよう習慣づけよう。


感謝と歓喜に満ちた善き言葉と行為は、人生の花園に善き幸福という実を結ぶ種子である。そして我は今、宇宙霊の中にいることを忘れないことは、とりもなおさず、神仏、我とともに在りということと同じであるから、それを忘れずに生活するならば、決して心が消極になるはずがない。

したがって宿命は統制されて、我々はしばしば天来の啓示に接し、よく災い転じて福となすことを得る。

いまは、コロナ災害で世界中が大変な時です。感謝と歓喜に満ちた言葉を発する機会やタイミングも少なく、花園や幸福というのはいつ戻ってくるのかがわからないカオス(混沌)化しています。

しかし、こんな時だからこそ、感謝と歓喜を忘れず、実践する人が、宇宙霊と一つになれる人なのだと思います。

コロナが原因で、家にいる機会が増えましたが、家族との絆の大事さを改めて感じさせられました。家族に感謝です。家にいて家族と笑っていることはまさに喜びのなにものでもありません。

SNSで歌手や芸能人、アスリートなどが多くの励まし動画やタスキリレー、ステイホームの楽しみ方など発信されています。そんな動画を見て、感動させられたり、笑わせて貰ったりしていますね。みなに感謝です。

常に前向きに、そして積極的な心を持つ。そうすれば、災いも総じて福となることを、中村天風自信が身をもって経験してきたのです。

まさに、何度も言ってきている「人生は心ひとつの置きどころ」です。どこに心を置くか。誰のおかげでもない、ひとのせいでもない、自分が決めるだけのことなのですね。

4. ニコニコ笑っていこう


卑劣な気持ち、弱い心持ち、憎しみ、妬み、悔やみの気持ちや、また、怒り、悲しみ、怖れ、という心持ちや言葉は、その人々の血液に毒素を生じ、生理的な不調和をきたす。

何事に対しても感謝し、喜びの気持ちをもって、人生にいきていこう。
それには、閻魔が塩を舐めているような顔をしてはいけない。
男も女もニコニコ微笑みを顔にたたえよう。ニコニコして馬鹿にされるのなら、馬鹿にさせてけばよい。


一生は何百年生きたとしても、二度とはこない。
そう思ったならば、せめて生きている間だけは、どんなことがあっても、ニコニコ笑っていこうではないか。
つらいこととか、悲しいこととか、苦しいこととかというのは、自分の心で決める評価なんだから。つらいことがあっても、「ああ嬉しい!こうして生きていられる!」と思ったら、ニコニコして暮らしていけるじゃないか。

笑いたくても笑えない。笑うことがない。笑うことを提供してくれ、という考えではダメなんですね。

物がありふれ、スマホやテレビがあり、AIやロボットが当たり前の時代になってきて、何もかもが、得るもの→与えられるものという感覚になっています。

目に見えるもの、耳で聞こえるもの、匂いを感じるものといった物質的な捉え方から離れ、生きていることに感謝するといった、原点に戻れば、それだけで、幸せであり、笑顔が生まれるものだ、と唱えています。

では、人生と運命を心に焼きつける、運命の誦句で締めたいと思います。

5. 運命の誦句(しょうく)

 運命の誦句  
およそ宇宙の神霊は、人間の感謝と歓喜という感情で、その通路を開かれると同時に、人 の生命の上にほとばしり出でようと待ち構えている。
だから、平素できるだけ何事に対しても、感謝と歓喜の感情をより多く持てば、宇宙霊の与えたまう最高のものを受けることが出来るのである。
かるがゆえに、どんなことがあっても、私は喜びだ、感謝だ、笑いだ、雀躍だと、勇まし く激刺と人生の一切に勇往邁進しよう。

コロナは宿命です。ですから自分たちの力で打ち開いていけるものなのです。

私の人生のほとんども宿命でしょう。いままでに心の置きどころが正しいところになく、自らがよからぬ種を蒔き、よからぬ結果を招いていたのでしょう。

時代が移り変わっても、いつも宇宙のかなたから天風の風は吹いています。

感謝と喜びを絶えず感じ、いつもニコニコ、今日も笑顔で元気いっぱいの@rokuでした。

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